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最高裁判所第一小法廷 平成5年(オ)2202号 判決 1997年2月13日

大阪府茨木市中津町一二番八号

上告人

小川豊

同大東市緑が丘二丁目一番一号

上告人

日本フイレスタ株式会社

右代表者代表取締役

小川豊

右両名訴訟代理人弁護士

牛田利治

白波瀬文夫

岩谷敏昭

大阪府堺市八田寺町四七六番地の九

被上告人

東洋水産機械株式会社

右代表者代表取締役

松林兼雄

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

今中利昭

吉村洋

浦田和栄

松本司

辻川正人

東風龍明

片桐浩二

岩坪哲

田辺保雄

右当事者間の大阪高等裁判所平成四年(ネ)第二〇九〇号特許権に基づく製造販売差止等請求事件について、同裁判所が平成五年八月三一日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人牛田利治、同白波瀬文夫、同岩谷敏昭の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

(平成五年(オ)第二二〇二号 上告人 小川豊 外一名)

上告代理人牛田利治、同白波瀬文夫、同岩谷敏昭の上告理由

原判決の判断は、特許法第七〇条(特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて、定めなければならない)に違背する。

特許発明の技術規範囲を定めるのにあたり、当該発明と同一発明(全部同一又は部分的同一)を対象とする先願が存在する場合、先願発明の範囲を含まないように解釈されるべきである、とされている。

裁判例としては、東京地判昭和五五年一一月二六日「特許と企業」一四五号七〇頁が存在する。また添付の学説を参照されたい。

原判決は、先願の存在を理由に本件特許発明の技術的範囲を限定し、その結果特許侵害の成立を否定している。

しかし、右判断は先願の範囲をことさら広く解釈し、先願と本件特許発明が同一でないにもかかわらず同一であるとするもので、その解釈は誤りである。

先願の内容を正当に解釈すれば、本件特許発明の技術的範囲は何ら限定されず、特許侵害が成立する。

以下において、詳述する。

一、本件における論点は、上告人の保有する特許権の特許発明の願書に添付した明細書(別紙特許公報(1))の特許請求の範囲中の「その腹部押圧体と上記搬送手段を走行軌道と垂直な方向に沿って互いに弾性的に変位させる弾性支持手段」のうち「垂直な方向に沿って」の解釈にある。

被上告人物件の腹部押圧体は別紙物件目録第7図のとおりであるところ、これが右特許請求の範囲の腹部押圧体に該当するなら、特許侵害は肯定される。

二、被上告人物件の腹部押圧体は、厳密な意味では「垂直な方向に」変位せずわずかに円弧を描くものであるが、実質的には垂直方向に変位する。

従って、本来、右構成は上告人特許の前記要件に該当すると判断することが技術常識にかなっている。

しかるに第一審判決は、特許発明の構成における「垂直方向に変位する」との意義は、「字義通りに直線的に垂直方向に変位するものに限られる」との限定解釈を行い、原判決はこれを肯認している。

その理由として、右各判決は、被上告人の保有する先願発明(別紙特許公報(2))を参酌すると、上告人発明の前記要件の意義は「字義通りに直線的に垂直方向に変位するもの」に限定的に解釈されるべきであるとしている。

しかし、先願発明の腹部押圧体は、本件上告人発明のそれと内容を著しく異にするものであり、本件は先願を参酌することに適さないものである。本件においては、「先願発明を参酌すると、本件特許発明の前記構成は字義通りに直線的に垂直方向に変位するものに限られる」との解釈は成立しないものである。

三、先願発明の腹部押圧体の実施例は、別紙特許公報(2)第3図13の「押出ヘラ」である。

右押出ヘラは、作動杆11にとりつけられ、略水平方向に擺動して魚体腹部を押圧するものである。そして右作動杆11は保持移送装置の進行方向と「略直行するように軸支され」るものである(特許公報(2)65頁、第3図参照)。この様に作動杆11は魚体の搬送方向と略直交するように設けられる結果、押出ヘラは略水平に擺動する(パタパタ動く)ものである。

四、これに対し、上告人発明の場合は、腹部押圧体は垂直方向に変位するものであり、明細中の実施例としては、次の三つのものがある。

(1) 第一実施例(第2図、第3図記載のものであって、弾性支持手段たるスプリング20により垂直方向に沿って変位せしめられる押圧体としての刃19によって、魚体腹部を押圧する構成のもの)

(2) 第二実施例(第5図、第6図記載のものであって、押圧体たる回動自在のローラ33により魚体腹部を押圧し、弾性指示手段たるバネ35により男性的に指示されるガイドローラ34をもって、搬送手段を垂直方向にそって変位せしめる構成のもの。なおバネ35に代えて、コンベア自体の張力を用いてもよいとされている)

(3) 第三実施例(第7図記載のもので、弾性力等により魚鉢の背部が左右から挟持され、あるいは尾部が係止具で止められており、腹部押圧体44はこの走行方向Rに対し、所定角だけ傾斜した縁を有している構成のもの)

五、以上の様に、先願発明においては、押出ヘラが略水平方向に擺動するものであるのに対し、上告人発明においては、腹部押圧体が垂直方向に変位するものである。

従って、先願発明と本件特許発明の腹部押圧体は原理を異にし、両者は全く異なるものである。

つまり、両発明は「完全同一」「部分的同一」のいずれの関係にもないから、本件は「先願によって、後願の特許発明の技術的範囲が限定される」という場合ではない。従って、先願によって、特許発明の技術的範囲を限定した原判決の解釈は誤りである。

六、次にイ号物件と上告人発明の関係をみる。

1、イ号物件の押圧部材の運動態様は略垂直方向である。

イ号物件の押圧部材14は、連結アーム65、取付部材64、下向きのアーム63、支軸62、レバー69、引っ張りバネ71、ばね受部材70等を介して、弾性付勢されている(別紙物件目録三項(7)、第7図)。

そのため、イ号物件の押圧部材14は、支軸62を支点として、走行軌道と略垂直な方向に変位し、この運動により、魚体腹部を「略垂直方向に」押圧する。

2、右変位は、厳密にはわずかに円脈を描くが、押圧部材は魚体のわずかな厚み分しか変位しないから、実質的には直線に近い。

3、本件明細書の特許請求の範囲には、「垂直方向に沿って、……変位させる」との文言がある。文理解釈論としては、明細中の文言は、垂直方向に「沿って」というものであるから、厳格に垂直方向でないものも含まれると解釈しうる。

右文言を技術常識に従って普通に解釈した場合、右文言の意義を、第一審判決や原判決の如く、「厳密に垂直方向に限る」と限定する必然性はない。

イ号物件における「走行軌道に対して略垂直方向に変位し、魚体を同方向に押圧する」構成のものは、文理解釈論からすれば、右文言に包含される。

4、本件特許発明の出願時において、「腹部押圧体を走行軌道に対し垂直方向に沿って変位させ、押圧する構成」を採用した公知の発明は存在しなかった。従って腹部押圧体をもうけ、垂直方向に沿って、これを変位させ、魚体腹部を押圧することとした本件特許発明の右構成の社会的寄与の程度は大きい。

従って、『幾何学的意味で「垂直」であることを要するものではなく、それに近いものも含まれる』と解釈しても、本件特許発明の寄与力を越えて発明を保護したことにはならない。しかして発明の寄与力を念頭において解釈した場合、侵害は肯定される。

5、次に発明の目的、構成、作用効果の点からみる。

本件イ号物件の如く「押圧体の運動方向が、垂直方向からわずかに変位しているにすぎない構成」についてみると、右構成は、魚体を略垂直方向に確実に押圧し、しかも魚体の大小に応じて適切に変位するという作用(はたらき)を奏する。これは、本件明細書に記載された本件特許発明の腹部押圧体が行う作用と同一である。そして両者共、卵巣を確実にとり出しうるという同一の効果を得て、同一の目的を達成しているのである。

従って、イ号物件の押圧体と特許発明の押圧体は同一構成であり、侵害が成立する。

七、原判決の判断のうち、主要なものについてみると、

1、原判決は、『被控訴人発明たは「押出ヘラ」の「擺動の態様及び方向」の指定はなく、かえって、その「押出ヘラ」の変位方向は、「略平行のみ」ではなく、垂直方向へ変位して、水平と垂直が合成された方向に、作動杆支点を中心とした円周上の円弧に沿うものにも及ぶことは既に認定したとおり(原判決三六頁末行から同四四頁二行目まで)である。』と認定している。

しかし、先願発明においては、作動杆9は走行軌道に対して略垂直方向にとりつけられている。このことは、特許公報(2)65頁右欄30~35行の記載、第3図から明らかである。その結果、押出ヘラは略水平方向に運動するより他ない。従って、原判決の右認定(先願押出ヘラが「水平と垂直が合成された方向に」運動するもの、円脈状に運動するものを含むとする解釈)は、先願を広く解釈し過ぎている。そして、先願と本件発明の重なりを認め、本件発明の技術的範囲を限定解釈するという誤りをおかしている。

2、原判決は、先願発明の「押出ヘラ」につき、『保持移送装置による魚体の移動によって魚頭を切断された魚体に当接して腹腔部に人間が手で絞り出すと同様な無理のない圧迫力を腹腔部に加え、鱈子を絞り出す部材であれば足るものと解するのが相当であり、その特許請求の範囲の字義どおりあるいはその実施例の構成どおりのものに限定すべきいわれはないし、従ってまた、控訴人らが主張するような「板状部材」に限定すべきいわれもない。』と認定している。

しかし、右解釈は押出ヘラという言葉を普通に解釈したものとは考えられない。原判決はこの点でも、先願発明を不当に広く解釈したものであるから、右認定は不当である。

以上

(別紙書類及び図面-一審判決添付と同一-省略)

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